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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(行ツ)39号 判決 1983年2月22日

神戸市中央区元町通一丁目二の一

上告人

泉浩

右訴訟代理人弁護士

河瀬長一

神戸市中央区中山手通三丁目七番三一号

被上告人

神戸税務署長

八昭

右指定代理人

小林孝雄

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五四年(行コ)第二八号裁決取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年一一月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人河瀬長一の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実を前提として原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治)

(昭和五六年(行ツ)第三九号 上告人 泉浩)

上告代理人河瀬長一の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実につき事実認定に関する法則を誤解し、不当に事実を認定した違法がある。

一、原判決が引用した第一審判決の理由説示によれば、「原告は、東新貿易はその後倒産し、行方不明となったものであり、かかる乱脈不安定な会社を比準同業者とすることに不当であると主張するも……昭和四五年三月ごろ東新貿易は新規事業に転行すべくこれまでの債務を全部返済して廃業したことが認められるところであり、又後記認定の如く、昭和四二年度分において更正決定を受けた事実は認められるのであるが、これは単なる経理上のミスに過ぎず、特に乱脈な経理によるものとは認められないところであり原告主張は理由がない」とあるが、証人候作玄の証言及び同社の昭和四二年、昭和四三年度確定申告書により東新貿易は永年に亘り繰越欠損金が計上されてきた赤字会社であることが認められるし、東新貿易は昭和四二年度においても原判決が引用する第一審判決説示のとおり前期繰越金二四八万九、四五四円があったところ、当期欠損金二〇万八、八三九円を出し、繰越欠損金二六九万九、二九三円という赤字会社であったところ被上告人より同年分の申告所得につき架空借入金二二万円簿外預金一二万二、九三九円、売上金計上洩れ金六六万五、七〇〇円、仮払金(売上洩れ)二五万七、〇六五円計金一二六万五、七二〇円の不正除外所得ありとして更正決定を受けている。

右更正決定があった事実と永年同社が赤字会社であった事実から右年度以前の所得についても所得かくしのための経理及び申告がなされていたことが十分推測される。

さらに、翌昭和四三年度分における東新貿易の申告では、当期利益額は一〇〇万一、五九七円であったが昭和四四年度には黒字決算はしたものの資力なきため所得税の支払もできない状態となって同社は廃業してしまい被上告人より非課税の処分がなされたのである。

第一審判決では元同社社長である候作玄の証言を信用し、同社は債務整理をして転業したのであるといっているがそれはまちがいである。

黒字の会社であれば債務整理も転業もする必要はない。経費が高く利益が少ないため会社経営が行詰り廃業するほかはなかったのである。このことは同社が長期に亘り繰越欠損が続いてきた赤字会社であったこと、被上告人より同社に対し、昭和四四年度の申告所得につき非課税の処分をしていることからそのように解するのが合理的であり、経験則に合致する。

而して、以上の事実から判断すれば東新貿易が乱脈不安定な経理をしていた会社であることは明白であり、このような乱脈不安定な会社の利益率を上告人に適用した被上告人の本件更正決定が違法不当なものであることは疑なく原判決は破棄されるべきものである。

第二点 原判決は判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用を誤った違法がある。

一、法理論上推計課税は、その方法が、合理的でなければならないが、そのためには先づ第一に所得標準率等を適用することにより推計をしようとする場合において、一般的にその所得標準率等の算定根拠が合理的であることが必要であり、第二にその所得標準率等を納税者に適用することについても合理的であることが必要である。

課税庁としては前記所得標準率等の合理性及び当該納税者にその所得標準率を適用することの合理性を立証する義務がある。右要件が立証されない限り当該課税処分は違法である。

二、ところで東新貿易の差益率を上告人に適用することは次の理由により合理性を欠くものであり、これを適用した被上告人の更正決定を認容した第一審及び原判決は法の解釈適用を誤まったものであって破棄を免れない。

東新貿易は昭和四二年度分において、前記繰越欠損金二四八万九、四五四円あったところ、当期欠損金二〇万八、八三九円であり、繰越欠損金二六九万九、二九三円という赤字会社であったところ、同年度分において架空借入金二二万円、簿外預金一二万二、九三五円、売掛金計上洩れ金六六万五、七〇〇円、仮払金(売上洩れ)金二五万七、〇六五円、計金一二六万五、七〇〇円の不正除外所得ありとして更正決定を受けている。

前記とおり第一審判決はこれを単なる経理上のミスと断定しているが東新貿易は右更正決定を受けるまで永年に亘り赤字会社として所得税を支払っていなかったこと、昭和四二年度分について更正決定を受けてすぐ後の昭和四四年度では一応黒字決算はしたが経営が成り立たず結局倒産して被上告人としても非課税処分にせざるを得なかったものであり、原審の引用する第一審判決には東新貿易は債務整理をして転業したように判断しているがそれは事実を正視していないものである。

同社は赤字会社であり被上告人の主張するような差益のとり方で正しい経理をしていては到底会社を維持してゆくことができず債務整理をするほかはなかったのである。そこから考えるに昭和四二年度分の更正決定を受けた金一二六万五、七二〇円については所得かくしのための経理をしていたと判断するのが正しい。

以上の事実から東新貿易が乱脈不安定な経理をしていたことはまちがいなく、このような乱脈不安定な経理をしていた東新貿易の所得率を上告人に適用することは全く不当であり合理性を欠くものと言わなければならない。

三、訴外東新貿易の営業は上告人の営業とはその規模実体において相違し、その経費率も著しく異なるのでこのような企業差益率を上告人に適用することは全く不合理である。

上告人は一人で一日一二時間働き経費も最少限度に押さえ、差益をできるだけ低くして商品を販売してきたが東新貿易は法人で社長以下三人が一日八時間労働で働き人件費が高くつくのでそれだけ差益を高くして商品を販売しなければならず、その結果商品の売行き不振となり倒産する結果となったのである。ちなみに昭和四二年度及び昭和四三年度の東新貿易と上告人の各経費率を比較してみると上告人の経費率は昭和四二年度は〇・〇四一・昭和四三年度は〇・〇三五であるのに東新貿易のそれは昭和四二年度は〇・一〇五・昭和四三年度は〇・一一八となりその差は著しい。

しかるに両名の売上高を比較すると逆に上告人の売上高は東新貿易のそれの二倍もあるのである。

このように営業の規模、実体及び差益率が著しく異なる同業者の差益率を上告人に対する推計の基準とすることは全く不当・不合理であってこれを許容した原判決は法の解釈・適用を誤まったものであり破棄を免れない。

以上

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